園長の「給田だより」(2015年2月号)
2015/02/01 9:25:51
「子育てにおける三つの“自□心”」 ~ インディアン、嘘つかない! ~
「石の上にも三年」、佼成学園幼稚園の園長としての日を重ねるにつれて、私の心中には、確信めいたものが育ちつつあります。それは、「この世の中で最も尊い仕事は、“子育て”である」という思いです。どの年代の子育ても大切であることに変わりはありません。しかし、とりわけ幼児期の子育ては、その最たるものと言えましょう。
子育ての肝心要は、何と言っても「心を育てる」ことです。私は、次の「三つの心」を育てることが、大人の使命であると考えています。
一つ目は、「自立心」です。子育ての究極の目的は、子どもの「自立」の一点にあるといっても過言ではありません。いくら可愛いとは言え、子どもをいつまでも手元に置いておくわけにはいかず、いつかは親の庇護から離れていくのです。そのときに、一人立ちできるかどうかが問題なのです。
二つ目は、「自尊心」です。近頃よく耳にする「自己肯定感」「自己有用感」というのがそれに当たるでしょう。子どもたちを待ちうけている競争社会、ある意味では避け難いことと覚悟しなければなりません。その中にあって「自分の存在感を自覚し、自分のことを好きと思える心」は、人生の荒波を乗り越えていく上で不可欠のものです。
三つ目は、「自制心」です。人は決して一人で生きていくことはできません。集団の大小はあれ、その集団の中で生きていくには、「自分の感情や欲望をおさえる気持ち」は大切です。自分の心を自らコントロールできる、いわば「我慢」を身につけなければならないのです。
こんなことを書くと、「今のうちの子はとてもじゃないけど三つの心は育っていない。明日から意識して…」と、俄然意気込まれるお母さまがいらっしゃるかもしれません。ちょっと、お待ちください。くれぐれもお断りしておきますが、私が申し上げているのは、あくまでも子育てそのものの目的であり、今、目の前の子を、すぐにこうしよう、ああしよう、ということではありません。
上の「三つの心」を育てる上で、十分に留意しなくてはならないことは、育て方、つまり子どもたちへのアプローチです。幼い子どもに、がみがみ言ったり、怒鳴ったりしても伝わるものではなく、かえって逆効果であることが多い、というのが現実です。一見矛盾するようですが、育てるためのポイントは、「どこまで待てるか」にかかっているように思われてなりません。子どもの育つ力を信じて待つこと、それが子育ての王道です。
平成が始まって間もなくのころ、ラジオ番組が発信源となって、ある22行の詩がブームになり、社会心理学者の加藤諦三氏は、その詩をモチーフとして、『アメリカインディアンの教え』を著しました。すぐに購入したものの、長く書棚の肥やしにしていたのですが、つい先ごろ改めて読み直してみました。そこには、「どんな育て方をすると、どんな子が育つか」が明示されていました。以下の22行の詩を、大いに参考になることでしょう。
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子供たちはこうして生きかたを学びます
批判ばかり受けて育った子は
非難ばかりします
敵意にみちた中で育った子は
だれとでも戦います
ひやかしを受けて育った子は
はにかみ屋になります
ねたみを受けて育った子は
いつも悪いことをしているような気になります
心が寛大な人の中で育った子は
がまん強くなります
はげましを受けて育った子は
自信を持ちます
ほめられる中で育った子は
いつも感謝することを知ります
公明正大な中で育った子は
正義心を持ちます
思いやりのある中で育った子は
信仰心を持ちます
人に認めてもらえる中で育った子は
自分を大事にします
仲間の愛の中で育った子は
世界に愛をみつけます
(作・ドロシー・ロー・ノルト/訳・吉永 宏)
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古今東西、「子育ての真理は一つ」なんですね。
「インディアン、嘘つかない!」という懐かしい
CMのコピーが、私の脳裏を駆け巡っています。
もちろん、「園長も、嘘つかない!」
松森憲二拝