園長の「給田だより」(平成24年5月号)
2012/05/01 9:00:00
人間の食べ物 ~「四食(しじき)」の教え~
入園式、始業式と、目まぐるしく始まった4月も、あっという間に過ぎてしまいました。新米園長の私は、園児の皆さんのお迎え・お見送りをとおして、毎日、さまざまな温かい触れ合いを頂戴しております。園児の元気のよい「おはようございます」の挨拶、そして保護者の皆さんからの温かい眼差しとにこやかな微笑みに支えられての1か月であった、と言っても過言ではありません。心から感謝申し上げます。(決して社交辞令ではありませんので、念のため。)
4月下旬からは、お弁当が始まりました。お母さま(中にはお父さまもいらっしゃるかも?)の「ビタミン愛」たっぷりのお弁当に舌鼓を打ちながら、園児たちは心身共にすくすくと成長していくに違いありません。
ところで、人間の体は、何によってできるのでしょうか?それは「食べ物」によってできるのです。至極当然のことのようですが、改めて考えさせられるテーマだと思います。食物を選択する力を養うことが、いわゆる「食育」の根幹と学びました。「何を食べるか?」によって、人間の体は良くも悪くも作られていくのです。
さて、ある時私は、仏さまの教えの中に、「四食(しじき)」という教えがあることを知りました。「四つの食」とは、次のとおりで、普通の食べ物よりも広い考え方を示しています。
1.段食(だんじき)=一般に言う「食べ物」
2.触食(そくじき)=身体で触れることで「心身の働きを養うもの」
3.思食(しじき)=「人間を生かすもの」
4.識食(しきじき)=「生きようとする意識・力」
上にも述べたように、人間が生きていく上で、1の「段食」が大切であることは言うまでもありません。栄養のバランスを考えながら、好き嫌いなく摂取することが求められます。
2の「触食」は、例えば、たとえばスキンシップなどのことです。心の栄養にとって最も根底となる「安心感」をもたらしてくれます。特に、人間と人間の信頼関係の基礎を形成する幼児期には、絶対不可欠な「食べ物」と言えましょう。
3の「思食」は、希望や夢のことを指しており、順風満帆なときばかりでなく、人生につきものの困難な状況を乗り越えるときなど、それらは大きな力を発揮します。
4の「識食」は、やや抽象的ですが、生きている実感・自己肯定感などがそれにあたると思います。生きること自体、あるいは生命(いのち)そのものの存在意義を支えるものとして、決して疎かにしてはならないものだと思います。
こうしてみると、一人の人間が真に意義ある人生を送っていくためには、「目に見える食べ物」だけではなく、「目には見えない食べ物」をも大切にしていかなくてはならないことがわかります。
私は、佼成学園幼稚園の園児の皆さんに、直接的に「段食」を提供することはできません。しかし、できるならば、いや、ぜひとも、保護者の皆さまとご一緒に、2~4の「触食」「思食」「識食」を提供できる私でありたいと熱望しております。毎朝、園児たちと挨拶を交わすとき、そんなことを心に秘めながら、玄関に立っております。
今月も昨月に引き続き、「笑顔でニコッとあいさつ」を実践してまいります。
松森憲二 拝