園長の「給田だより」(2013年9月号)
2013/09/01 9:00:00
「おてつだい」が教えてくれた自分自身
~私の『夏休みを振り返って』~
7月の終業式で、私は子どもたちに、夏休みの約束として、「あいさつ・げんき・おてつだい」の実践を促しました。今月号では、私自身の「おてつだい」について、ご報告させていただきます。
話は少し遡りますが、1学期の半ば以降、我が家(と言っても、私の両親は愛媛県松山市で二人暮らしをしております)では、立て続けに両親が病気を患うという事態を迎えました。84歳の父は、脳梗塞で左足の歩行が困難になり、現在は入院しながら、日に3回のリハビリに励んでおります。83歳の母は、胃癌の宣告を受けました。今後の生活の質(QOL)を考え合わせながら、補聴器を頼りに、毎日父の見舞いにせっせと通っております。
もともと片付いている実家ではないものの、 二人の病気でさらに乱雑になっていることが考えられたため、今年の夏休みは、「実家の片付けと掃除!」と決め、8月10日の夜、家内とともに車で約880km離れた松山市を目指したのです。
到着してみると、家の内外は、予想をはるかに上回る「ゴミ屋敷」(?)状態。唖然とする中、家内は衣類の片付けや玄関回りの清掃、私は各部屋のゴミの収集や整理整頓と大まかな分担をし、母からの抵抗をかわしながら、作業を進めました。
長い年月の積み重ねのことですから、数日間の「おてつだい」ですべてをカバーすることはできません。しかし、家内の献身的なサポートもあり、何とか形を整えて帰途につきました。(往復1760kmの超ロングドライブ。運転交替時の助手席では、常に高いびきを轟かせていましたが…。)
ところで、今回の「おてつだい」は、図らずも父と母の歩んできた道、そして人となりに触れる機会となり、私にたくさんの気づきを与えてくれました。その中で最も特筆すべきは、「自分自身を改めて見つめ直すことができた」ということです。
父は、いつの頃からか、気になる新聞記事等の切り抜きを始めたようです。母からは、「スクラップブックにでもコツコツと貼っていけば、貴重な資料になるのに…」と言われ続けてきました。 残念ながら全く整理ができていないため、父には気の毒ですが、ほとんどがゴミ化しています。
何を隠そう私自身にも、似たようなところがあります。「これだ!」と思う記事やコラムなどを、一旦は切り抜くのですが、整理が後回しになってしまうため、折角の資料をそのまま眠らせてしまっています。
母は、仕事一筋の人で、どちらかと言うと家事は得意ではありません。しかし、頭の中ではいつもさまざまなプランが廻っているタイプの人です。例えば、廃材のようなものでも、災害時に役立てるために「もったいない」と言ってはそれらを捨てることができず、結果的には…。
これもまた、私にも同じ性向があり、いつか必ず何かの時のために役立つに違いないという考えから、私の身の回りには、たくさんの思い出の品(?)があります。貴重なものもあるには違いないのですが、結局は捨ててしまうことになるものを溜めこんでいるのも事実です。
両親の足跡は、全くもって私自身の姿、と痛感しています。良きところは謙虚に学びつつも、悪癖と思われる点については、今回、二人の後ろ姿をとおして自覚できたことに感謝しています。 残された時間は、どれほどかわかりません。少しでも親孝行させてもらいたい、という心境です。
ゴミの中からは、父の長年の趣味である「川柳」の下書きが、山ほど出てきました。父は、「求道(ぐどう)」と言う名で、多くの句を詠んできたようです。言葉の面白みを楽しむという嗜好も、父と私の共通点、いや、父からのDNAを私が受け継いでいるに違いありません。ゆくゆくは、「初代」のお許し(?)を得て、「二代目求道」を襲名したい、と考えています。そう決意した途端に浮かんできたのが、次の二句です。
ゴミ屋敷 宝の山と 老母(はは)は言う
片づける つもりが積もる ゴミの山
(二代目求道作)
大量のゴミへのビックリから始まった、今年の夏休みの「おてつだい」。家族の絆、血のつながりを強く感じさせてくれました。ほのぼのとした、有り難い気持ちでいっぱいです。
ただのゴミの山に終わらせるのか、宝の山にしていくのか、それは、私の心がけ次第。
さあ、スイッチ・オン!
松森憲二拝